大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和52年(オ)1155号 判決 1982年2月23日

上告人

高橋善作

右訴訟代理人

児玉義史

上杉柳蔵

高木義明

被上告人

右代表者法務大臣

坂田道太

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人児玉義史の上告理由について

判旨不動産の強制競売事件における執行裁判所の処分は、債権者の主張、登記簿の記載その他記録にあらわれた権利関係の外形に依拠して行われるものであり、その結果関係人間の実体的権利関係との不適合が生じることがありうるが、これについては執行手続の性質上、強制執行法に定める救済の手続により是正されることが予定されているものである。したがつて、執行裁判所みずからその処分を是正すべき場合等特別の事情がある場合は格別、そうでない場合には権利者が右の手続による救済を求めることを怠つたため損害が発生しても、その賠償を国に対して請求することはできないものと解するのが相当である。しかるところ、原審の適法に確定した事実関係によれば、上告人が本件土地の所有権を取得したとしてこれにつき処分禁止の仮処分決定を得、その登記を経由したのは、本件土地につきされた競売開始決定に基づき競売手続が進行中であつたというのであつて、所論の如く上告人が所有権を取得した以上これに遅れて配当要求をした債権者のためには競売すべきではなく本件土地三筆の全部を競売することが超過競売となり上告人の所有権を害することがあると解せられるとしても、暫定的な処分にすぎない仮処分決定があるというだけでは、前記の特別の事情がある場合にあたるということはできず、上告人としては強制執行法上の異議の訴えを起し執行停止決定を得てその正本を執行裁判所に提出するなど強制執行法上の手続による救済を求めるべきものであつたのである。しかるに、更に原審の適法に確定したところによれば、上告人は強制執行法上の手続による救済を求めなかつたというのであるから、本件土地の全部が競売されたことにより、上告人がその一部の所有権を失い、また、その売得金が上告人の得た仮処分決定の後に配当要求をした債権者にも配当されて上告人が配当を受けることができなかつたのは、上告人が右の手続による救済を求めることを怠つた結果によるものというべきであつて、上告人はその被つた損害につき国家賠償法の規定による賠償を請求することはできないものといわなければならない。これと同趣旨に帰着する原判決は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(伊藤正己 環昌一 横井大三 寺田治郎)

上告代理人児玉義史の上告理由

第一点 原判決は、法律の解釈を誤つて不当に事実を認定したるか又は審理不尽若くは理由不備の違法がある。即ち原審は、『控訴人は佐久間より買受けたる土地に付、所有権取得登記を経由していなかつたから、その所有権取得をもつて第三者たる成沢喜三郎らの配当要求債権者に対抗し得ないものであり、従つて執行裁判所(金子裁判官)が債務者佐久間佑生の所有に属するとの前提で競売手続を進めたことは、正当であり、その競落許可決定により控訴人主張の所有権が侵害されたということにはならない』旨説示して上告人の本訴請求を排斥したのである。然れども、

一、本件事案において、上告人が昭和三六年一一月三〇日佐久間佑生より水戸地方裁判所麻生支部昭和三三年(ヌ)第一一号強制競売事件及び同三六年(ヌ)第一六号事件(記録添付)の競売手続中の土地(以下本件土地という)を買受け、その代金を完済したのに、佐久間は、上告人に対し、所有権移転登記をしなかつたから、上告人は本件土地に付同四一年二月一八日佐久間に対する処分禁止の仮処分命令を受け、その翌日たる同年同月一九日その記入登記されていた事実は、当事者間に争いない事実として原審の確定した事実であることは、本件記録に徴し詢に明らかである。

二、叙上の事案における処分禁止の仮処分後の法律関係を観るに『処分禁止の仮処分の目的物に対し、他の債権者が強制執行をした場合に、その手続中、仮処分債権者が之に対し、異議を主張したると否とを問わず、仮処分債権者の権利の保全と相容れない範囲では、強制執行の結果をもつては、仮処分債権者に対抗することはできない』(大判昭和四年四月三〇日民集八巻四二一頁、同六年二月二五日新聞三、二四四号七頁、同一六年六月二六日民集二〇巻五一四頁)旨判示されている外、『処分禁止仮処分の目的物については、他の債権者も、強制執行の方法により、その処分を為すことは許されない』(大決昭和三年六月二一日新聞二、八九八号一一頁)及び『処分禁止仮処分命令がある場合には、之に違反する行為は、法律行為による場合だけでなく、強制執行に基く場合をも包含する』(大判昭和四年八月二八日新聞三、〇四〇号五頁)旨判示されているのである。

(一) 之らの判例に依れば、仮処分の目的たる本件土地に対しては、他の債権者が強制執行ないしは、配当要求の申立をした場合に、仮処分債権者が之に対し、異議を主張しなくても、仮処分債権者の被保全権利と牴触するときは、強制執行の結果をもつて仮処分債権者に対抗し得ないことを判示されているのであつて、処分禁止の仮処分命令に違反する行為は、法律行為による場合だけではなく、強制執行の方法によつても之を為し得ないことを判示されたのであるから、かかる行為は、法の保護を受くるに、値いしない違法行為であることは論を俟たない。之れ然ざれば、法典が仮処分制度を設けたる趣旨を没却するに至るからである。

(二) しかして、配当要求申立は、競売の目的たる本件土地の競売々得金を取得せんとする申立をしたのであるから、仮処分債権者たる上告人の被保全権利と相容れない行為であることも亦論を俟たない。

三、茲において本件事案における焦点として原審ら説示せるが如く、果して上告人が佐久間より買受けたる本件土地の所有権取得をもつて配当要求者たる成沢らに対抗し得ないか否かを観るに、

(一) 民法第一七七条にいう第三者の意義に関し、大審院が、明治四一年一二月五日民事聯合部において『同法条にいう第三者とは、登記の欠缺を主張し得る正当の利益を有する者のみが、第三者に該当する』(民録一四輯一、二七六頁)旨判示されて以来、屡々同旨の判例(最判昭和三四年一月八日民集一三巻一頁、同三八年一二月八日民集一七巻一、一八二頁)が判示されていて、現在に至つていることは、公知の事実である、判例が、かく判示されたるは、結局登記の欠缺を主張し得る正当の利益を有しない者は、法の保護を受くるに、値いしないという趣旨に出でたるに外ならない。

(二) しかして仮処分に関する叙上の判例に依れば、処分禁止の仮処分が存する限り、債務者は勿論、第三者と雖も、仮処分の目的たる本件土地に対しては、上告人の被保全権利と相容れない配当要求の申立も亦法律上違法行為たるを免れない。従つて成沢らは、上告人に対する関係においては、本件土地に付上告人の所有権取得登記の欠缺を主張し得る正当の利益を有する者ではないと謂わねばならない。蓋し、同法の趣旨は、登記の欠缺を主張する正当の利益を有しない者は、法の保護を受くるに、値いしないというのであるから、利益の有無という問題どころか、是よりも更に違法性を帯びる行為をした者を、法によつて保護する謂われが、毫末も存しないからである。換言すれば、然らざれば、違法行為者を保護する結果を招来し、益々違法行為者を助長せしむるに至るからである。従つて成沢らは、同条にいう第三者に該当しないことが、極めて明かである。

四、かくの如くであるから、上告人は、本件土地に付所有権取得登記なくも、成沢らに対抗し得るのであり、従つて執行裁判所も亦、本件土地の全部(但し一部については、適法である)に付いては、最早債務者佐久間の所有に属するものとして競売に付すべきではなく、仮処分当時における競売事件を完結するに足りる限度に止めなければならない筋合であることは論を俟たない。かくして初めて民訴法第六七五条の立法趣旨に副うものである。

(一) しかして仮処分当時における競売事件完結に要する金員(以下競売完結金という)は、競売手続費用とも、合計金三、三八三、八六八円でありし事実並にこの金員に充当し得べき金員として金二、九〇〇、〇〇〇円ありし事実は、当事者間に争いない事実である。

(二) 従つて執行裁判所は、右完結金より充当金を控除したる残金四八三、八六八円を償うに足りる限度に止むべきであるから、本件土地の内、最も地積の少ない第一目録の土地の内、(二)の土地を競売に付すれば足り、爾余の(一)及び(三)の土地は、之を競売に付すべきではなかつたことは、数理上詢に明かである。

(三) 然るところ、執行裁判所が、成沢らに対する配当要求債権者らに対しても、配当すべきであるが如く解して、本件土地の(一)及び(三)の土地までも、競売に付し、且つ競落許可決定を為したるは違法たるを免れないから、之を認容したる原判決も亦違法たるを免れない。

五、従つて原審が、叙上の理由に依らずして、他の法律関係に基づく理由で上告人の本訴請求を排斥したのであれば格別、その挙に出でずして、漫然叙上の判決を為したるは、結局仮処分の法理を誤解し、且つ民法第一七七条の解釈を誤つて不当に事実を認定したるか又は審理不尽若くは理由不備の違法あるに帰し、原判決は破棄を免れないものと信じて疑わない。

第二点〜第六点<省略>

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